2002年2月14日

Valentine Day 10

・今流れているCD:Tommy february6/Tommy february6

6とか書くのがしゃくだなあ。"★CANDY POP IN LOVE★"と言う曲は聴いていて本当にこっぱずかしくなるね。このまじめなネタ感覚がなかなかよろしいのではないでしょうか。

・気が付けば今年もまた例のデーであって、いやがおうにもチョコレートケーキなどが作りたくなってついつい材料を買い出しに行きがちになる。その模様は後半に書くとして、このデーが近づくと大抵の男は「けっ」と言った態度などをこうしたホームページだったり雑誌のコラムだったりに記入したり発言してゆくわけで、「ヒャッホー!ていうかーバレンタインデーバンザイ!みたいなー!」という記述は見たことがない。そもそもそのような気分の人はバレンタインデー前後にホームページなどに書いたりはしないだろう。去年私もこのことを書いたがそれもそんなに愉快な話ではなかった。

しかしながらそんなデーにも、そんな男にとっても嬉しいような側面はあるのではないのだろうかもしれないではないか。これまでデーのロマンチック気分に惑わされて目を背けてきた部分にやはり真実などが含まれている可能性は大いに考えられるから、それを検証するのは決して無駄な努力ではなかろう。 また、良く言われるような欠点を正してゆくこともこのデーにとても有意義であることも間違いない。そこで、今回はこのデーのよい点と悪い点を5ずつ考えてみたい。そこから新たな21世紀のデーのあり方が見えてくるならば私にとってチョコよりも幸いなのであると言っても過言ではない。

よい点

・義理チョコミュニケーション

この言葉は私の造語であるから勝手に使うのも流行語的になってゆくのもいいかもしれない。つまりはこういう言うことだ。普段コミュニケーションの取りづらい人などがみなさんの周りにもいるであろう。そういう人にそっと渡す義理チョコ。その温かさに涙が出そうになるのは想像に難くない。頑固上司、ちょっとハゲかけた上司、ズレがばれつつある上司、など様々な人たちとの唯一のコミュニケーション手段として義理チョコは有効であると思う。

逆に自分からコミュニケーションの取りづらい人もこの機会を活用できる。3年間ずっと引きこもってきた人などもこの機会を利用して外に出てチョコを渡す、というのもよいだろう。何の義理もない人にもどんどんあげてゆくと結果的に義理などが生じて出会いなどが生まれて結果的に引きこもり解消などもあり得る。このようにこの際義理チョコの定義を拡大してみる、と言うのもよいプラクティスかもしれない。

・景気回復に

ご存じのように現在は平成不況失われた10年デフレスパイラルなのである。しかし、その中でこのデーが持つ景気回復への役割というのはとても大きいと言わざるを得ないだろう。単純に、チョコ需要がある。これによってチョコメーカーは一年分の利益を得るし、チョコの箱によって製紙メーカーも利益を上げるだろう。また、箱に巻くリボンのメーカーも利益を得るし、そっと添えられるメッセージカードやメッセージカードを書くための筆記用具を考えれば文房具メーカーも利益を上げる。さらに手作りなどをすれば、お菓子作りセットのメーカーやチョコを湯煎にかける際に使うガスによってガス会社も利益を得るしお湯を電気ポットで沸かせば電気会社も利益を得る。それだけではない。もちろんチョコを販売する販売店はチョコそのものの利益もさることながら、チョコを買うために店に来てくれた客の集客効果によって周辺利益を得ることが出来るし、店に行く際に利用する交通機関も利益を得ることも言うまでもない。

ここで上げたのはチョコを上げる側の消費であるが、もらう側の消費も結構なものだ。大抵の男子はこの日に備えて美容院などに行って髪を切るため美容院業界は利益が出るし、服なども新調したりするせいでファッション業界も(これは女子も同様)、さらにファッションを選ぶためにファッション雑誌業界も、さらにはファッション店周辺の飲食店なども儲かってゆき、その後のホワイトなデーにおけるチョコの何倍ものお返しの効果を考えればその効果はまさに天文学的と言える。東京ドームに換算すると15個分に相当し、気圧にすると1024ヘクトパスカルになるだろう。

また、時期もよい。3月は多くの会社で決算の月であるから、この月までに利益を上げておくことが非常に重要であるが、それを考えるとこのデーやホワイトなデーが2,3月に連続してあると言うことが偶然ではないことがよくわかるだろう。そうしたことを考えればこれはまさしく景気対策のためにあるイベントと言ってもよい。

・少子化に

このデーで多くのカップルが誕生することは言うまでもない。そして、そのカップルの全てがいずれ別れる(死亡時など)とは言え、いずれ子供が出来るカップルも多く存在する。もし、このイベントが無ければ日本の出生率はもっと下がっていただろう。例えば、このデーが無かったとして、女の人はいつチョコを渡したらよいのだろうか。それでチョコ無しで告白される側としたら「チョコも無しか!」となりかねない。しかしチョコを渡す機会がないのだからにっちもさっちもいかなくなってしまう。我々はもはやチョコ抜きの告白など考えられない状況に追い込まれているとも言える。現代の病と言ってもよいが言ったところでどうしょうもない。

さらにはチョコに含まれる興奮剤としてのカフェインの存在に触れたいところだが、あまり触れるとセクハラになり、アメリカでは億という話なので割愛する。

・構造改革に

意外かも知れないが、デーは構造改革に役に立つ。構造改革を妨げる勢力のことを抵抗勢力と呼んでいるが、テレビなどを見てみてもそのほとんどが男性であることがすぐわかるだろう。その男性がチョコをそっと渡されて気が緩んだすきに構造改革、これである。早く小泉首相に教えてあげたい。

難点としては小泉首相も男性だ、と言うことで、田中真紀子にチョコを渡されたらうっかりしてしまうかも知れないので用心が必要である。

・ひがみエネルギーとラブエネルギーの増大

このデーを取り巻くエネルギー体としては、ひがみエネルギーとラブエネルギーの二種類があるといえるだろう。どちらも説明が必要ない程有名なエネルギーであるが、その活動が活発になるのがこの時期である。しかも、どちらも12月から続き、3月からは下降線をたどる。もしこのデーがなければ12月で終わってしまうであろうこの二つのエネルギーが、3月まで続く、と言うのは非常に重要であると思う。

この二つのエネルギーは相反するようであるが、エネルギーである点は共通である。そのため、何らかの形で生産性の向上や消費の増大などに効果があることは間違いない。例えば、ひがみエネルギーが増大したせいで秋葉原に行ってパソコンやゲームグッヅなどを買いあさる、と言うのも逆にあるだろうし、プライベートが充実しない分仕事に打ち込む、などが考えられる。また、ラブエネルギーの場合、カップルで何かものを買いに行ったり、プライベートが充実している分仕事に打ち込める、などが考えられ、どちらにせよ全体としてはハッピーだ。このようにエネルギーが放出されると言うことはそれ自体よいことなので、そのエネルギーの源であるデーはやはりよいのであると確信をもって言える。

悪い点

・義理チョコをあげなければならない

女子の方にとって迷惑なのが義理チョコの存在であろう。私は高校の時、女子の人が教卓の上からチョコをばらまく(きっと節分とごっちゃになっているのだと思う)、と言う光景を目にしたというか、実際チョコを投げつけられたりしたものだったが、そうやってストレスを解消しなければやってられない領域に義理チョコ制度は突入しているのかも知れない。本命にあげるのは自分の勝手だからよいとして、馬の骨とも付かぬ連中にチョコをあげるのはさぞや不愉快であろう。チロルチョコの存在はまさにこの日のためにあると言ってもよい。

しかももらう方としても義理とは何だ、と言う話である。21世紀にもなって義理人情の世界であり、合理を重んじる現代日本に於いて無駄と言わざるを得ない。そんなお金があるならば自分で食った方がましだろう。ダイエット中の女子などは自分で食いそうなチョコを義理チョコとして処分するのもいいかも知れない。「処分」チョコをもらう男子の悲哀も考えるとやっぱり義理チョコはあってもなくてもいい。

と、ここまで書いたところでお呼びがかかって、今年の最初の義理チョコをいただいたが、包みがゴディバであって、お、やっと改心したのかちゃんとした義理チョコを渡す気になったのだなと包みを開けてみると、やはりゴディバ風のチョコ、しかし、それはチロルチョコを丹念に溶かしてゴディバトリュフ風に仕上げたものなのだという。なるほど食べてみると安っぽい味。しかも食ったら箱を返せとまで。ここまで手の込んだ嫌がらせを女性にさせる程に義理チョコはやはりストレスになっている(私の)。

・他のお菓子メーカーの被害

二月と八月はニッパチと言ってどのメーカーも売り上げが落ちるものなのである。そんな中チョコレートメーカは莫大な利益をむさぼっていると言える。既得権益である。他のお菓子メーカーはさぞや辛酸をなめていることであろうか。これこそやはり構造改革によって規制緩和すべき分野ではないか。そうすればデーに都昆布、デーに最中、といった和な感じや、むしろデーにちくわ、はんぺん、といった新規業者の参入が予測され、需要を創出するに違いない。

私としてはこの問題を国会で取り上げるべきだと考えているが、どうも外務省の問題で忙しいらしいので、今国会では取り上げられない情勢なのが残念だ。しかしこれは個人の意識の問題であるとも言えるから、ぜひ手作りちくわ、手作り温泉饅頭などを寄贈していって欲しい。そうして景気回復、聖域なき構造改革に寄与してもらいたいものだと思う。改革は国民が主役なのである。

・ダジャレ

この時期によく聞かれるダジャレが「チョコ、ちょこっとちょうだい」である。調査によると日本国内の40歳以上の男性の70%がこの言葉を2月に発するという結果が出ている。これが問題であるのは間違いない。

・デフレを加速する

こう書くと首を傾げる方も多いかも知れない。それも無理はない。これは高度に経済学的な問題なのだ。デフレという現象を考えてみると、ものに対してお金の価値が上がっている現象だと考えられる。それは、流通しているお金の絶対量が減ることによって起こる。減る原因としては、中央銀行の政策ミスや、タンス預金などもあるが、円が海外に流出している、と言うのも大きな要因なのである。

こう書くと「日本は貿易黒字ではないか」といぶかしむ向きもあろうが、ことチョコに限って考えてみよう。カカオをはじめチョコの原材料はこれ全て輸入品なのである。つまり、チョコに限って言えば大幅に輸入超過であり、日本円は大幅に海外に流出してしまっているのである。しかもチョコの消費はご存じの通り圧倒的に2月が多い。これは2月に大幅に資金の流出が起きることを意味し、2月に大幅なデフレが起こることは想像に難くない。政府には上に書いたようなデーの規制緩和を実施しデフレと闘ってもらいたいものだと思う。

・ひがみからテロへ〜文明の衝突〜

ラブあればひがみあり、というわけで誰かが幸せなかげで誰かが不幸せなわけで、このデーによって幸せなカップルが増えれば増える程そうでないものとの格差は開く一方である。ある程度の格差ならば許容できよう。しかし、限度を超えた時、どうなるかは想像に難くない。

これが例えば、「ヘイトム!ジェニーからチョコをもらったのかい?ハッピーな野郎だぜ!」「ボブ、よせやい」「ジェニーを泣かせたら俺が承知しないぜ!なあ、ジェニー!」「もう、ボブったらー」という国民性の国であったならば問題はないだろう。しかし、日本ではこうなる「..トムの野郎ジェニーからチョコもらったのに俺に黙ってやがる」「..ボブに知られたらえらいことになるな。黙っておこう」「..ボブってきもいのよ!」

このような国民性の元でデーを継続していくと、ボブがチョコをもらえないということは、ボブ自身の努力の問題、と言うよりも、社会構造の問題であることをがはっきりとしてくる。つまり、ボブが住んでいる社会、生まれた家族、など様々な要因がボブにチョコを渡すことを拒むような構造を為しているのであり、ボブの努力がいかんともしがたいという領域が出てくるのである。

このような状況下では決して努力は報われないため、ボブの取る行動は、テロ行為に限られてくるだろう。私の予測ではデー客あふれるプランタン銀座の地下一階などが狙われるのではないかと思われる。全世界的なテロ撲滅の波を受けてデーを廃止することも考えなくてはならないのかも知れない。被害が出てからでは遅いのである。

まとめ

このようにデーには光の側面と影の側面があることがおわかりいただけたであろう。それはどうでもいいとして、デーのために特別に用意した特製チョコレートケーキのレシピを大公開するのでぜひ参考にして欲しいと思う。レシピ

Posted by kent at 2002年2月14日 04:35