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2004年1月12日 06:03 アツロウ
2003年9月19日 02:06 ウケる技術
2003年6月16日 01:28 戦争倫理学
2003年5月19日 21:53 Pieces of Peace
2003年5月16日 05:08 メディア・コントロール
2003年5月 2日 01:06 殴るぞ。
2003年4月18日 01:14 間取りの手帖

2004年1月12日

アツロウ

atrw.jpg

思わずつられてジャケ買いしてしまいました。
中の写真も全部ハズレ無しです(*)。
どうなりたいんだ。渡部は。

買ったはいいが処分に困る。


*(笑)という意味で。

Posted by kent at 06:03

2003年11月25日

さまぁ〜ず「ドッグとキャットとトリとほか」「Run! Dog! Run!」

さまぁ〜ず本二冊。

「ドッグとキャットとトリとほか」は
外人のCG写真家がとった中途半端なおもしろ写真に
さまぁ〜ずがコメントをつけた、というもの。

「Run! Dog! Run!」は三村が書いた四コマ漫画にタイトルを付けた
ものに大竹がショート漫才のネタをつける、という形式のもの。

まず、「ドッグ..」のほう。
写真が微妙なんですが、実際冒頭のインタビューで大竹が
「だいたいこの写真、ほぼすべってるじゃねえか。」
と言ってしまっちゃってます。

たぶん、この写真家の本を日本でだそうとして、
ちょっと弱いのでさまぁ〜ずをつけてみた、ってかんじですか?

写真にコメント、というとつい松本人志の「写真に一言」
を思い出してしまったり比較してしまうのは
しょうがないと思うのですが、写真自体が笑わそうとしている点で
とてもこれは難しい所業であると言えます。

たとえば横たわって驚くネコと犬の先生みたいな写真。
ネコ:「おい、なんだよアレ。
    スッゲー太ってる 気持ちわりいっ」
犬 :「アレうちのカミさんだよ」
ネコ:「え? だってスッゲー太ってるよ?
    スッゲー太ってるよ?」
犬 :「うん。スッゲー太ってんだよ。
    …スッゲー太ってんだよ」

まったく猫も犬もシチュエーションも関係ない、上に
後半のぐだぐだ具合。この辺がさまぁ〜ずの持ち味なので、
通ごのみ的な観点だと少ない言葉で笑わした方が
偉いとかストイックな印象を与えるのも確かですが、
さまぁ〜ずはそもそもそういうのを放棄しているところがあるので、
同列に比べるのは違うし、同列に比べられないことを持ってして
優劣をつけるものまた違うとは思うのです。

でも、それをふまえた上でも立ち読みでいいかな、と思いました。

「Run! Dog! Run!」の方は、
まあ、四コマは置いておいて、ショート漫才の方は
紙上漫才という点で爆笑問題と比べたくなってしまうのが人情です。

でも、爆笑問題の紙上漫才がおもしろいかっていったら
微妙だなあ、と思うのですよね。たぶん太田が書いているわけで、
つっこみがどうしても平板になってしまうのも無理がないところです。
風刺みたいなのがメインなので単に間違えてるだけって言う
ボケになりがちだし。

この二組ってつっこみが「XXかよ!」だって言う点でも同じだし、
ボケが基本的にはグダグダという点でも同じだけど、
さまぁ〜ずの場合、つっこみもグダグダなので、
大竹が書いている以上、紙上でボケのグダグダは再現できても
つっこみのグダグダが再現できていない点が
コンビの持ち味的にはアレかなあと思いました。

爆笑問題とさまぁ〜ずを比べるっていう観点があんまり
これまでなかったので、考えがまとまんないんで、この辺で。
でもちょっと考えてみたいかなと思いました。

Posted by kent at 02:11

2003年9月19日

ウケる技術

http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4757301782/

けっこう前に買っておきながらも、紙袋に入れたまま
放っておいたんだけど、Beltorchiccaで取り上げられてて、思い出した。

なんで買ったかっていうと、お笑いの教科書を書くとしたら
どんな風になるのかを考えていて、まさしくこれは、
そのつもりで書かれたのだと思ったから。

あと、これ自体がちょっと面白い。
「ダジャレ練習帳」と言う名著がありましたが、
そんな感覚かしら。本気で書いたバカ本というか。
体裁的にはビジネス・自己啓発書っぽい。

ここに挙げられているものは佐藤雅彦的に言うところの、
「ルール」であって要素還元的手法であって、
確かにすぐ応用できる、という点では参考書としては正しい。

ただ、お笑いの教科書として考えるとその点が甘すぎる感じ。
例えばここに出てくる「フェイクツッコミ」が笑えるとして、
それがなんでなのかはわかんないから、
それ以上応用のしようがない。
そこをすっ飛ばしているが故にわかりやすいんだけど。

だけど、よくある批判のように「フェイクツッコミ」が面白い、と言うことで、
誰しも「フェイクツッコミ」をするようになったら、
「フェイクツッコミ」は成り立たなくなる、かと言ったら、
そうでもない。「三村ツッコミ」みたいな感じで別の生命力を
与えられる方向性もあるわけで。

だからこそ、ここに載っている「技術」のライフサイクルまで
踏みこむと教科書的に正しいのかもしれないけど、
そこまでまじめに読む本じゃねえや。これ。


「コミュニケーションはサービスである」っていうのは、へー、って感じ。
この本はその観点で書かれてるから「ツッコミ」の定義が
「相手のおもしろさに気づいて拾う」なんだよね。
この定義は逆に新鮮。

以前「いろもん2」でツッコミ論の話になって、
今田耕司が「おかしなことを言ったのを軌道修正する」
鶴瓶が「本人が満足するぐらいしゃべった後でさらにその笑いをのばす」
仁鶴が「お客さんの気持ちイコールを言う。相手をつぶす方向でなくのばす方向」
と三者三様というか笑福亭流はまあ一緒か。
笑福亭流がまさに上の定義なので、あながち新しくもないのか。
ツッコミはwin-winの関係で!などというとコンサル会社っぽいですか。

Posted by kent at 02:06

2003年7月 5日

意志とビジョンとイノベーションのジレンマ

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これとかこれとかそういう本ばかり読んでいては、
サラリーマン的にどうかとか思ったので、
「意志とビジョン」という本を読んでみました。

これは一般に経営学には「先行者優位」が言われがちなんだけど、
実はちゃんと調べてみたら先行者(パイオニア)が優位なんてことは
ちっともなくて、実際にはむしろパイオニアの方が失敗してる、
って言う衝撃の事実が明らかになって、
実際には「意志とビジョン」がくっきりしている企業が生き残っている、
という結論に至る尻つぼみな感じの本でした。

たしかに、本にも出てるマイクロソフトなんかを見てもよくわかるように、
パイオニアかどうか、と言うことよりも、意志を持ってジャブジャブお金を
つぎ込めるか、さらに、ニッチじゃなくてマスマーケットを目指せるか、
と言うことの方が重要、というのはよくわかるけど、
それができたら苦労しねえよって言うか。

で、これを読んで思い出したのが有名な「イノベーションのジレンマ」
なんですけど、一応説明すると、これは、
優秀な経営をしているイノベーター企業ほど、
「破壊的技術」を見逃して大失敗してしまう、というもので、
重要なのは、この企業の優秀さ「故に」失敗する、ってところで、
本の後半にそれへの対策がいくつかでてるけど、ほとんど役に立たないと思う。

ここでは技術を「持続的」と「破壊的」に分けていて、
イノベーター企業は「持続的」技術に関して言えば100%の確率で
ついて行けていて、ここに新規企業の入る余地はない。
で、「破壊的」って言うのは何を指して破壊的かと言えば、
この技術が今の技術に対してチープで、性能は悪いところにある。

つまり、コンピューターを例に出せば、
メインフレームの企業にとって、パソコンって言うのは破壊的技術で、
技術的にはおもちゃみたいなもんで、簡単に作れてしまう。
でも、いまの顧客のメインフレームのユーザーは当初、
パソコンなんて欲してないし、何より企業の規模に対して、
利益率が低いから参入するのはかなりばかげている。
1000万円の企業が10%成長するのと1000億円企業が10%成長するのと、
では求められる利益率が全く違うから。

でもそれはパソコンが小さいという新しい価値基準をもっており、
メインフレームとは全く違う層を開拓してそっちがマスになることと、
それからの性能の伸びが著しいこと、でひっくりがえされて、
ひっくりがえったところであわてて参入すると、もうすでに遅すぎ、となる。
だから破壊的なんであって、例えばPentiumがPentium4に一気に進化したとしても、
それは「持続的」に分類される。


で、最初に戻ると、思ったのは、マイクロソフトにとって、
ネットスケープとブラウザーって言うのは「破壊的」な技術であって、
マイクロソフトはたぶん失敗目前だったと思うのだけど、
そうはならなかったっていうのは「意志とビジョン」によると
ビルゲイツの鶴の一声だったという。
(追記:「イノベーションのジレンマ」ではブラウザは持続的技術に分類されてますね)

それだけ読むと意志とビジョンがあればイノベーションのジレンマを
超えられる!って思いそうだけど、企業が属人性を廃して、
合理的に利潤を追求すればするほどそういうことはなくなるわけで、
ビルゲイツが死んだり、感度が鈍ったりすればその時点でダメになる戦略なんて
とてもじゃないけど取れないのがふつうだよね。


そんなわけで、「意志とビジョン」よりは救いがない感じの
「イノベーションのジレンマ」の方が好きだったりします。

Posted by kent at 18:45

2003年6月16日

戦争倫理学

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本を読むのってめちゃめちゃ遅いんですよねえ。
遅いっていうか本を読む時間を通勤以外にほとんど割いてない
っていうのもあるけど。これですら2週間ぐらいかかってるので。
「民主と愛国」(900p)なんていつになったら読めるんだろ。

で、これは戦争に関するルールをまとめた本。
過去の著作をまとめたものなので、
全体的にあともう一歩論考を進めればいいのに、
っていう寸止め感が否めません。
というか、著書の論というよりかは過去の論者の論の
まとめって言う感があります。
でも基本的な論点が確認できるのでそれの方がいいのかも。

amazonのレビューで「青臭い書生的な本」っていう論評があったけど、
倫理学なんて言ってるくらいだから青臭いのは当然で、
だれしも現実主義的な論を展開してたらそれはそれでどうなんだ
って思うけど。

本文中に引用されているカントの
「永遠の平和はおそらくありえないにしても、ありうるかのようにわれわれは行為しなくてはならない」
ていうのがわりと好きです。

Posted by kent at 01:28

2003年5月19日

Pieces of Peace

http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4062119005/

あ、買ってないですよ。

レビューの
「2日続けて婚姻届が受理されなかった(書類不備)のも、彼らしさだと思います」
ていうのはどうなんだろう。
それだったら、
・2回続けて燃えるゴミを出し忘れる
・2回続けてウノを言い忘れる
・2回続けて尿漏れ
・2食続けてナイススティックで済ます
もすべて彼らしさに入ってしまいます。

後学のため、ブックオフで立ち読みします。

Posted by kent at 21:53

さまぁーずの悲しいダジャレ

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さまぁーずってわりと好きです。ていうか大竹が好きです。
今週末に給料が出たらDVDBOXを買ってしまうおそれがあります。

で、この本は大竹の得意技の悲しいダジャレをまとめたもの。
「花に話しかけた。...オレ、今仕事ないよって..。」
「箱を運ぶ、みたいな仕事なんですけど職業欄になんて書けばいいんですかねえ」
という。やーいいっすねえ。

これのいいところはダジャレの持つ弱点を克服しているところです。
たとえば「ふとんがふっとんだ」などというオヤジダジャレや、
「六本人、生まれる」などと言う代理店のくだらないダジャレは、
つっこみができないのでどうとっていいかわからない、
と言う致命的な欠点がありますが、

これの場合「悲しさ」につっこめる、と言う点で
コミュニケーションの余地を残しているのがすばらしいです。
実際そう本の中で言及されているのもえらい点です。
ただ、本の形式が右側にダジャレ、左側につっこみ、
なんですけど、三村ツッコミはタイミングが命なので、
紙にされても笑えないです。

それだったら右側にダジャレ、左側に悲しい部分、の方が
いいのかも知れないけど、うまく分かれている物ばかりではないので、
しょうがないのかしら。

Posted by kent at 01:13

2003年5月16日

メディア・コントロール

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いまさらながらチョムスキー。
窪塚さんが大学では決して教えてくれないような引用をしていたので
本当にそんなこと言ってんのか?と思って予備知識ゼロで読んでみました。
しかし、この本もうまいタイミングで出したもんだ。

端的に言うと、アメリカ人がこれを読んで、
ああ、アメリカはひどいぞ、何とかしなくては、って思うのは
自然としても、日本人がこれを読んで、
そうだ、アメリカはひどいぞ、アメリカ人はアホだから、
って思うのはちょっとどころじゃなく違う気がする。

たぶん、この本でチョムスキーが問題にしてるのは、
アメリカ人はアホだからメディアのコントロールに引っかかりやすい、
ってことではなく、さらに、政府が言論統制をやっているわけでもなく、
情報の選択の結果としてそうなってしまっている、ってことで、
それに自覚的になりなさいよ、ってことだと思う。

例えば、「われわれの軍隊を支持しよう」とか言う空虚なスローガンは、
特に何も意味してないがために、賛成せざるを得ない、とか。
「アメリカの自由を守ろう」とかでも同じ。

たったいま、選挙の最中だからポストに
「あなたは、日本の共産主義化に賛成ですか?」
なんていうビラが投げ入れられてたんだけど、これなんか、
最たるもんだよね。そりゃ反対に決まってるけど、
それと共産党の候補者を選ぶのはちょっと次元が違う。
自民の候補者と共産の候補者しかいなかったら
共産の方に入れるとしたら単に左の選択肢がないからだし。

脇道にそれた。
だから、たしかに、この本自体は論旨が割とおおざっぱな感じで、
アメリカのこれがダメ、巨悪、と言っているからそのまま受け取ることもできるけど、
それはチョムスキーがアメリカ人でアメリカに住んでるからであって、
チョムスキーは日本のことも非難してるし、日本人だったら、
もっと日本の文句を言ったに違いない、と思うので、
そういう精神の方を受け取る分には、とくに文句はない、と言うか、
ほんとにそうだなあ、と思いました。

で、思ったのは、
チョムスキーは常に知識人は大衆の後を追っていると言うけども
この観点から行くと、別にweblogだからといって、
そういうマスコミのようなバイアスから
個人が逃れられるかっていったら、それは難しいよね、ってこと。

読んでみればわかるけど、文体と言い、後半のインタビューといい、
相当な偏屈ジジイ、という感じが漂ってますが、
逆に言えばそこまでしないとダメなのかも知れない、とか。

昨夜はMITで私を批判する大規模な集会が開かれた。気にはしていませんが。私を批判するために集会をしたければすればいい。ちっとも構いません。それを抑圧と呼べるでしょうか。世界中で、人々がいったいどのような現実と戦っているかに思いを巡らせたならば、「抑圧」などと口に出すのすらおこがましい。抑圧などありません。
こういう覚悟をとてももてそうにない。


量的な目の多さでそれをカバーできるだろう、
っていうのがいまのところの雰囲気だけど、
元にしている基盤が似かたよった人が集まっても大差がでないし、
なにより、一次ソースを元にしているわけではないので、
その時点で「選択」が行われてしまうことには変わらない。

ほんとうにweblogがそっちのジャーナリズム的な方向に
向かいたいんだったらそこからやんなきゃいけないんだろうけど、
多少絶望的、っていうか、そっちに行かないでいいんじゃないかなあ、
っていう感じがします。

Posted by kent at 05:08

2003年5月 2日

殴るぞ。

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吉田戦車の「殴るぞ」3巻目。
吉田戦車はこれまでにでたものはほぼもっているのだけど、
これはすごい原点に返った感のあるやつ。
「海開きか.. 海の中の俺からしてみれば、"海開かれ"だな!」
とか、
「世界の黒澤」展のポスターの「黒澤」の下に「明」とわざわざ
書く少年とかが好きです。

吉田戦車を読んだことがある人とない人では、
明らかに何かが違う、と言う話を知り合いとしたことがあるけど、
たしかになあ、とおもうよ。

amazonのリンク、別にいいや。面倒くさいし。
ところで、買った本を取り上げよう、と決めたはいいけど、
どのくらいまで取り上げるものなのだろう。
昨日買った「anan特別編集ひとり暮らしのおいしいレシピ。」
も取り上げるべきなのか。

とりあえず完全に読んだ本だけ載せてゆくことで
積ん読を戒めようと思っています。

Posted by kent at 01:06

2003年4月18日

間取りの手帖

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間取りが延々100個ほど載ってるだけ、というストイックな本。
一言付いたコメントが秀逸です。
中央線沿線にこんな変な間取りが多い、っていうのは、
なんとなくよくわかる。

http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/489815090X/

Posted by kent at 01:14